今でこそ自転車を趣味としていて、早朝から出かけることもある私。
趣味が自転車で、体力維持のために水泳もするなんて言うと、「かなり運動好き」と思われてしまいます。
でも実は、私の心の奥底には運動に対する苦手意識がこびりついています・・。
運動への苦手意識が根付いたのは小学生のころでしょうか。もうとにかく体育が苦手だったのです。
持久走ではビリに近い成績ですし、球技はからっきしダメ。バスケもバレーもまともなプレーになりません。
そんな状況で心に根付いた運動への苦手意識。大きく3つの心理に分けられます。
第一に、できない自分自身への不甲斐なさ。
そりゃそうですよね。ボールは取れない、投げられない。短距離走も長距離走も遅い。自分自身がダサくてしょうがないわけです。
特に小学生のころなんて、体育ができる男子がカッコいいわけです。私はその対極にいました・・。
第二に、できないことが周囲に知られる恥ずかしさ。
体育はクラスごとに授業があります。より多くの種類の運動をやらされるにつれ、「あいつは体育は全くダメ」というのがクラス全員に知れ渡ることになります。国語や算数のテストなどは点数が知れ渡ることもないですが、体育は見ればすぐにわかりますからね・・。
そして第三に、できないことで周囲に迷惑をかける申し訳なさ。
体育はチームプレイが多いです。特に球技などでは自分のせいで負けることが多々ありました。あからさまに迷惑がられることもあり、でも体育をさぼるわけにもいかず、もう立場がありません。俺だって迷惑かけたくてかけてるわけじゃないんだよ~・・。
しかし、遂にこの苦手意識ともおさらばする機会がやってきました。それは大学進学。大学で体育の授業がないことがどれだけ嬉しかったか・・。
ですが喜びもつかの間、社会人になったら職場で「ソフトボール大会」とかいう悪夢があり、また苦手意識と直面・・。
でもほどなくそういったイベントごともやらなくなったので、ようやく平穏な日々が続くことになります。
この運動に対する苦手意識、最近は別の形で私の行動を制限しています。
趣味の自転車ですが、自分から友人知人を誘って一緒に走りに行くことができません。これは特に上記で挙げた第三の心理が邪魔をしています。
「誘った本人が一番遅い」なんてことになると、もう本当に面目ない。迷惑をかけるのが怖くて、誰も誘えません。MTBでもオンロードでも、私がほとんど一人で行動する大きな理由の一つがこの「周囲に迷惑をかける」ことへの恐れなんです。
誘われた時も不安になるのですが、せっかくの誘いを断るのも申し訳ないので、なんとか応じるようにしています。またその際に迷惑をかけないように、日々一人で黙々と体力作りに励んだりしているわけなんです。
先日、わが子が「自分はスポーツ万能かも」なんてうぬぼれ発言をしていました。私の遺伝子を持っているならそんなはずはないのですが、劣等感を抱くよりはよっぽどマシなので、そのままにしておこう・・。
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